ポップコーンについて

みなさん!ポップコーンと聞くと、何が想像出てきますか。
多くの人は、遊園地や映画館が頭の中にうかんでくることでしょうね!
この子どもから大人まで親しまれているお菓子。
でも、ポップコーンの歴史となるとあまり知られていませんよね。
意外にも歴史は古いのです。
ここでは、、ポップコーンのユニークな歴史を紹介しますね。
 
その1

ポップコーンを愛するファンのみなさん!
一粒一粒に深い長い歴史があることを、もう一歩深く学びましょう(^^♪
どうしよう〜!もっとおいしくいただけちやう♪食べだしたらとまらないポップコーン〜♪ 
キャ〜また太っちゃう〜(^^;

では、アメリカ農務省(USDA)がアメリカのポップコーンの歴史を振り返った報告をしま〜す。

ポップコーンは、みんなに愛されています。
映画館やスポーツ・イベントや娯楽施設や、
およそ人が集まる所には必ずあるメインステイです。
アメリカ人は今、ポップコーンの熱烈な消費者ですが、
商業の歴史はわりあい短く、農業の歴史は長〜い。

★確かにアメリカ人はよくポップコーンを食べるそうです♪

ポップコーンは1880年ころまでは、農業用ペーパーや種子の商業取引の
カタログには登場していない。しかし、いったんアメリカの大衆が
ポップコーンを発見するやいなや、ポップコーンの人気は急成長をしました。

★ふむふむ(^^♪

現在、世界のポップコーン生産のほとんどすべてがアメリカにあって、
25州で、コーンが生産されています。なかでも、4分の1以上が
ネブラスカ州で生産され、インディアナ州がそれより少し少ない。
その他のコーン生産州は、イリノイ州、オハイオ州とミズーリ州だ。

★ほんとだぁ!ポップコーンパパの豆もネブラスカ州から輸入しているよね!!

コーンと、ポップコーンは、アメリカ大陸に起源があることは学者も認めるのだ。
しかし、正確な起源となると、議論のある話題です。
コーンは数世紀にわたって、野草から栽培され交配されて出来たと、
多くの専門家が信じています。ただし、アメリカの原住民が、
ポップコーンをどう考え、利用していたかということになると、
多くの見方があり、考古学的な探求結果もあります。

最も古く発見されたコーンの花粉は、メキシコ・シティの地下
200フィートの所で発見された8万年前の化石で判断されたが、
この花粉と、近代のコーンの花粉とはほとんど見分けがつかないほど・・。
これまで発見された最も古いポップコーンの穂(ears)は、
1948年と1950年にニューメキシコ中西部のバット・ケーブ(Bat Cave)で発見されている。
1ペンスより小さいものから2インチくらいまでで、
バット・ケーブのは5600年くらい前と考えられます。
ペルーの東海岸の墓の中に、おそらく1000年くらい古い
ポップコーンの粒(grains)が見つかっている。
これらの粒は保存状態が良く、まだ十分にふくらむだろう。

★かなり前からポップコーンは多くの人に愛されているんだね!
これから一粒一粒大事にいただこう!う〜〜ん歴史の味がする♪ 
みなさん!もっと知りたいでしょ(@^^)/~~~続きは次回に・・・

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その2

ポップコーンの歴史が味をおいしくしますよね!
一粒一粒丁寧に作り上げてるのがポップコーンパパのおいしさのヒミツでもある!
さて、続きをまなびましょうかね〜!

ヨーロッパ人のポップコーンとの出会いは、
ヨーロッパのアメリカ探検家で、1612年ころ。
グレート・レーク地方に行ったフランス人の探検家が、
イロコイ族(Iroquois)が、壷の中で熱した砂でポップコーンを作ったり、
他の物と一緒に、ポップコーン・スープを作ったと記録しています。

★ふう〜〜ん!

ペルーのインディアンについて、1609年から1629年までの伝道師だった
ベルナベ・コボ(Bernabe Cobo)が、
ある種のコーンを破裂するまで焼いた(toast)と言っています。
彼らは、それをピサンカラ(pisancalla)と呼び、お菓子に使ったといいます。

ポップコーンを新しく定着させたのは植民地時代の人々です。
その時代の家族は時々、ポップコーンを砂糖やクリームと一緒にして、
朝食に食べていました。植民地時代の人々は、薄い鉄の板の円筒状のものを使って、
炊き火の前で心棒を回して、ポップコーンを作っていました。

★いろんな味付けをしていたんだね

当時のポップコーンはまだ、小さな家庭で作られる作物でした。
ポップコーンが、本当に世の中に出てきたのは1890年代です。
大不況のとき、大変な人気を呼んでいました。
街中の路上の屋台で、蒸気かガスを押し出して使うポッパーで、
群集が集まる所にはどこにでも付いていっていました。
この軽いふわふわしたスナックが、お祭りや公園や展示会やレストランで売られ始め、
普通に見られる光景になったのです。

大不況のころは、ポップコーンは一袋5セントか10セントだったので、
少数のお金持ちが買えるものだったが、ほかのビジネスが脱落していくうちに、
ポップコーン・ビジネスが普及していきました。

★高級菓子だったのね!

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その3

ポップコーンパパのポップコーンはアメリカ仕込み!
だからふっくらしていて最後まで味も均等!
アメリカ製の大きな釜で焼き上げるの。その後、丁寧に振るいにかけているんだって!
だから、おいしいだよ(^_^)v

ポップコーンの一番大事なことは、コーンから、
ふくらませたポップコーンに、どのくらい大きくなるのか、
その拡張率を測量することにあります。
ふくらませたポップコーンの拡張率を測量するのに、
ガラスの円筒が使われました。
ポップコーンのサイズを大きくすることが、
植物局のハイブリッド研究の唯一の対象でした。

★コーンをふっくら膨らませるのは難しいんだね!

第二次大戦中は、海外からアメリカ軍隊に砂糖が送られて、
キャンディを作る余剰の砂糖は残らなかった。
この異常な状況のおかげで、アメリカ人は1日3度、通常より多くのポップコーンを食べました。

★大事な糖分の補給剤だったのね(^^♪

1940年代後半にテレビ人気があがるにつれて、
ポップコーン販売は落ました。映画を見る人の数も減ると同時に、
ポップコーンの消費も減ったのです。
そこで、ポップコーン加工業者の協会であるポップコーン研究所は、
消費者に対して、ポップコーンは映画館で食べたのと同じように、
家でテレビを見ながら食べるのもいいことだというキャンペーンを張ったのでした。

★そうですね!お正月は、自宅でポップコーンパパのポップコーンを片手に
ビデオ鑑賞といきましょうか・・!ホームメイドで集まったみんなと作るのも楽しいよね〜(@^^)/~~~

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その4

アメリカ人がポップコーンよく食べると聞いていたが・・
確かに本場アメリカ生まれのポップコーンパパのポップコーンなら
分かる気がした。だって、おいしいんだもんね(^^♪
ついつい手が出ちゃう味!

ポップコーンの宣伝では、個々のポップコーン会社が製作した宣伝とあいまって、
コカコーラやモートン・ソルト社と組んだものが、最も成功したものであった。

1950年代の前半は、ポップコーン業界にとって、
家庭での消費が最も大きく伸びた時期だったのです。

1980年代になると、マイクロウェーブのポップコーンが出現し、
ポップコーン業界は、また成長をスパートさせました。

今日のアメリカ人は毎年、173億コーツ(約1リットル)の
ポップコーンを食べているから、一人で平均68コーツのポップコーンを食べていることになります。

★すごっ!アメリカ人がポップコーンが大好きなのが良く分かる!

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その5

ポップコーンを収穫する最適の時期を選ぶのは、ややこしい。

コーンができるだけ実るまで収穫を遅らせるのがベストだが、
遅れすぎると、秋の湿気やコーンの倒伏による損傷を受けてしまうの。

★デリケートなのね(^^♪

数十年の間、ポップコーンは、ほとんど全部、機械収穫になりました。
収穫されたら、コーンは最大の水分が13.5-14.0%まで乾燥されなければならないのです。
乾燥にはカビその他の害虫を防ぐために、適度の空気の循環が必要。
将来用のポップコーンを貯蔵し乾燥するための方法が、
自然乾燥から人工的な熱による乾燥まで、数年間に、さまざまなものが出ています。

アメリカ原住民の民謡では、ポップコーンの芯の中に精霊が住むといいます。

★なんか神秘的♪

その精霊は、いつもは自分の生活に満足して静かにしているが、
住んでいる家が熱せられると、たちまち怒り出し、家の中が熱くなって、
ますます怒ると、熱でいっぱいになるまで、芯を揺するのです。
最後には家から、蒸気と一緒に空中に飛び出すのだ〜〜〜(^_-)-☆
それが!?あの白いふわふわのポップコーンなのだぁ〜

★ほぉ〜!精霊が怒りだしてはじけて出てきたものが
  あのふわぁっと優しいポップコーンなのね☆

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小話 : ポップコーンの元祖

ポップコーンをヨーロッパに紹介したのは・・・
西インド諸島から戻ったクリストファー・コロンブス(1451〜1506)。
しかし、1948年にニューメキシコで発見されたポップコーンの粒は、5600年前のもの。
コロンブスによると、アメリカ大陸の原住民たちは、
ポップコーンを食べ物や儀式用の装身具につける花飾りにしたり、
占いに使ったりしたようですよ。

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小話 : ポップコーンの普及

1885年に設立されたアメリカのチャールズ・クレーター社が、
ほどなく蒸気で動くポップコーン炒器を発明、この時からポップコーンは広がり始めました。
炒器を車や馬の上にのせて、移動しながら人に売られるようになったのです。
香ばしい香りと目の前で炒られるポップコーンは、
子どもから大人まで多くの人々の心を魅了し、街角、市場、サーカス、コンサート会場など、
どこに行っても歓迎されました。

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小話 : ポップコーン製造機の老舗

それはチャールズ・クレーター社といいます。
初代チャールズ・クレーターが炒器を発明して以来、
現在にいたるまでポップコーンの製造と普及に努めています。
東京スナック食品の機械もクレーター社のものを使用していますよ!

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小話 : ポップコーンと映画館

1930年代、これまで映画館の外で販売されていたポップコーンは、
映画館内で売られるようになりました。
映画館のそばにあるお菓子屋さんが儲かっていることに
映画館の関係者が目を止めたのです。
ポップコーンコーナーは大盛況。
ポップコーンは世界の映画館でも売られるようになり一層広がっていきました。

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